自己責任
アメリカやヨーロッパ諸国には「塾」というものが存在しないのをご存じですか?
世界的にみたら、「塾」という産業が発達している日本のほうが珍しいのです。
前提として海外では【自己責任】というのが広く深く浸透しているので、基本皆自分で何とかしようとします。

私の極端なイメージですが
■海外:自分で戦っていけるように自らを鍛える
■日本:自分を鍛えずに、強い剣や鎧を手に入れて、それで勝とうとする。
日本人が手に入れようと必死になる強い剣や鎧というのが例えば偏差値であり、
偏差値⇒学歴⇒それをパスポートにした舗装された道の通行許可証みたいなものです。
しかし、舗装されたと思われている道の多くは既に劣化しています。
せっかくパスポートを手に入れても意味がなかった、ということになります。
世の中がずっと同じならば(戦場がいつも陸地なら)、それにあった装備を強くすればいい。
しかし、実は時代は絶えず流れ(戦場は、海、空と絶えず変化する)、単一の装備では戦えないし、
陸専用の装備は海戦ではマイナスにすらなります。
そこで重要なのが、装備を外した自分自身そのものや、複数の装備をもっていることなんです。
社会で必要なのは厚労省も文科省も口をそろえて同様の趣旨のことを言っていますが、社会のインフラとして、そういう力を伸ばせる仕組みがないのが今の日本ではないでしょうか。